神戸地方裁判所 平成元年(ワ)366号 判決 1989年9月07日
原告 甲野太郎
右訴訟代理人弁護士 吉井正明
被告 有限会社吉田屋
右代表者代表取締役 吉田勲
主文
一 被告の原告に対する神戸簡易裁判所昭和五四年(ノ)第三三号調停調書に基づく強制執行は、これを許さない。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 本件につき当裁判所が平成元年三月一四日になした強制執行停止決定はこれを認可する。
四 前項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
主文第一、第二項同旨
二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告と被告の間に、神戸簡易裁判所昭和五四年(ノ)第三三号調停調書が存在する。
2 原告は、昭和五八年三月三〇日に神戸地方裁判所において破産宣告(昭和五八年(フ)第一五号)を受け、昭和六〇年二月一二日に免責決定(昭和五八年(モ)第九八三号)を得た。
3 被告の右調停調書に基づく債権(以下「本件債権」という)は、破産宣告前の債権である。
よって、右調停調書の執行力の排除を求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因事実は認める。
三 抗弁
1 原告は、免責申立の際、債権者名簿に本件債権を記載していない。
2 原告は、免責申立の際、本件債権の存在を知っていた。
3 仮に、本件債権の存在を失念していたとしても、調停調書作成後僅か三年半程度後の財産状況悪化による破産手続であること、及び本件債権は元金一一〇万円と多額であることに鑑みれば、原告には、本件債権の存在を失念し記載しなかったことにつき、少なくとも、過失がある。
4 よって、本件債権には免責の効果は及ばない。
四 抗弁に対する認否
抗弁1記載の事実は認めるが、その余は否認する。
五 再抗弁
1 調停調書作成後、免責決定がなされるまで、原告の債務不履行にも拘わらず、被告からなんらの督促もなかった。
2 昭和五八年、原告が破産を申立てた時点で、負債が三六〇〇万円と多額に昇り、債権者の数も三〇人を超える多人数であった。
3 よって、原告は、免責申立の際、本件債権の存在を失念し記載しなかったことについて過失はない。
六 再抗弁に対する認否
再抗弁1記載の事実は認めるが、その余は争う。
第三証拠《省略》
理由
一 請求原因1の事実は当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、原告に対し神戸地方裁判所により昭和五八年三月三〇日午前一〇時破産宣告がなされたこと、《証拠省略》によれば、原告に対し、昭和六〇年二月一二日免責許可決定がなされたことがそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。
二 そこで抗弁につき判断するに、抗弁1の事実は当事者間に争いがない。
ところで、破産法三六六条の一二第五項は破産者が知って債権者名簿に記載しなかった請求権については免責の効果は及ばない旨規定しているが、これは破産手続の開始も知らず、債権の届出をしなかった債権者は、債権者名簿に記載されないことにより、免責に対する異議申立の機会を奪われ、免責に対する防御の機会が完全に失われることから、かかる債権を非免責債権として保護しようとしたものであるから、単に債権の存在を知りつつ債権者名簿に記載しなかった場合のみならず、債権の存在を失念したため債権者名簿に記載しなかったことにつき過失の認められる場合も含むと解すべきである。
そこで本件につきこれを判断するに、《証拠省略》によれば、本件債権は、昭和五三年五~六月頃原告が当時勤務していた会社の運転資金として被告から借り受けた八〇万円に利息・損害金を加算して同年一二月に一一〇万円借り受けたことにして昭和五四年三月五日作成された調停調書によるものであること、原告は本件債権を昭和五四年四月以降分割で返済する約定であったが、一度も支払いがなされなかったこと、原告は昭和五四年頃からタオルの仕入れ販売をしていたが、昭和五六年一一月二八日土地・建物を借金で買い受けたことからローンの支払いに追われ、サラ金業者から金を借りるようになり、結局昭和五八年三月二日神戸地方裁判所に破産の申立をなし、同月三〇日破産宣告がなされたが、右当時被告を除く債権者は約三〇名、債権総額は約三六〇〇万円であったこと、右破産の原因となった債務は五七年頃に借りたものが殆どであったこと、原告は破産申立の際、被告以外の債権者については手元にある資料に基づいて債権者名簿を作成したが、被告については、調停調書を紛失し手元になかったのと本件債権不履行以来約四年間被告から何等の請求もなかったことから本件債権を失念し、債権者名簿に記載しなかったこと、その後昭和五九年三月九日本件破産は廃止され、前記認定の通り免責許可決定がなされたが、被告からは全く請求がなかったため、原告は免責申立の際も被告の名を債権者名簿に記載しなかったこと、被告は昭和六三年秋頃になって初めて本件債権の履行請求をなすに至ったことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
右認定の事実によれば、原告は本件債権を失念して債権者名簿に記載しなかったと認められるが、被告は本件債権につき調停調書作成以後昭和六三年秋まで一度も請求しておらず、原告の債務不履行後免責申立の時まで既に六年が経過していたこと、原告の破産の原因となった債務は昭和五七年以降の債務が殆どであり、本件債権につき免責不許可に該当する事由(破産法三六六条の九第二項)も見当たらないこと、破産債権者の数、債権額等からすると本件債権はほんの一部にすぎないことが認められ、免責制度が不誠実でない破産者の更生を目的として定められたものであり、免責不許可事由があっても破産裁判所の裁量によって免責が許可される場合のあること等免責制度の趣旨・目的を併せ考えると、原告が本件債権の存在を失念し、債権者名簿に記載しなかったことにつき免責の効果を認めない程の過失があったとは認められないというべきである。
三 してみると、原告は本件債権につき免責されたものと認められるから、これを理由とする原告の本訴請求は正当である。
よってこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、強制執行停止決定の認可及びその仮執行宣言につき民事執行法三七条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 將積良子)